第10回 『ピアノランド』1巻の「どどどど どーなつ」です!
「『ピアノランド』の中で一番好きな曲は?」とよく聞かれますが、答えは「どどどど どーなつ」です。
この曲が生まれた由来は『ピアノを教えるってこと 習うってこと』に詳しく書いていますが、少しだけかいつまんで。
数年間バイエルを習っていたという女の子が、ある日母親に連れられて入門してきました。
「ここでダメだったら、もう、ピアノはあきらめます」と、お母さんの苦しそうな一言。
「何か好きな曲を弾いてね」「ない」「では、弾ける曲を弾いてね」「ない」「え?」
演奏している曲の音符が全く読めておらず、鍵盤を叩き付けるような乱暴な音で何回も弾き直す様子に、私は言葉を失いました。ここへ来るまでの彼女の数年間の苦しみを思い、涙が溢れそうだったあの日。
大丈夫、本当はね、ピアノはとても美しい音が出る楽器なの。そして楽譜の読み方も、一からやり直しましょう。ピアノが楽しいと思えるように、ピアノを弾いて笑えるようになろうね!
彼女が帰ってから、私はあれこれ思いを巡らし、一心不乱に五線紙に向かいました。
まん中のドから始まって、両側に1音ずつ広がっていけば、いつかは鍵盤全ての音が自分のものになる!
先生が伴奏をする“連弾”の形にすれば、「ド」だけでも素晴らしい曲ができるはず。
「ド」を弾くことが楽しくてたまらない曲にするには、「ド」だけをメロディとしてワクワクするようなハーモニーとリズムをつければいい!
メロディとハーモニーとリズムが揃ってこそ音楽。
「子ども用、練習用だから」という妥協はあり得ない、作曲家として私が命がけで作ったものであれば、ピアノ嫌いになってしまった彼女の心にも変化が起こるかもしれない。
そうしてできたのが、左右の手の1の指だけを使った「どどどど どーなつ」。
この曲を書き上げたとき、私にはずーっと先までつづくピアノランドの一本道が見えました。
そのときの、武者震いするような感覚は今も忘れられません。
こうして、『ピアノランド』の1曲目が誕生しました。
今回は、「ド」だけをいかに美しく弾くかを追求します!
『プレ・ピアノランド』3巻と『ピアノランド』1巻から、樹原涼子がどのように「ド」の愛し方にこだわったか、味わっていただければ幸いです。愛し方、と書きましたが(笑)、子ども達に、まずは「ド」を大好きになってもらいたいと心から思うのです。
目次です。
●元気なド、やさしいド、「ド」をいかに感じて弾くか→「さらさらおがわ」
●1の指で演奏する心構え
前回は、身体の軸をしっかりと安定させて椅子に座るための方法、そして、手のフォームを自然に安定させるために、黒鍵の和音を2、3、4の指で演奏するところをご覧いただきました。
ここまでマスターしたら、いよいよ今回、1の指の演奏が始まります。
連載第5回では、2、3、4、5の指のタッチポイント(指先の鍵盤に触れる面の中心点を、ピアノランドでは“タッチポイント”と呼びます)を探す方法を解説しましたが、1の指のタッチポイントに関してはここでご説明しましょう。
『プレ・ピアノランド』2巻より レッスン13 1のゆびのタッチポイント レッスン14 うえからみた きれいなかたち
長い4本の指に比べて、短い1の指にはちょっとしたコツが必要です。演奏時には爪が横を向きますから、カツカツと爪が鍵盤に当たらないで美しい音が出せるポイントを探します。
レッスン13の要領で程よいポイントをみつけますが、それは、前回(連載第9回目)お伝えしたように、黒鍵3つを2、3、4の指で演奏する自然な形をマスターしていれば、そのまま1の指を下ろしたときに鍵盤に触れるのが、1の指のタッチポイントということになります。
実際には楽曲の中の様々な音型によってタッチポイントの位置は変化しますが、基本の位置を覚えておくことで悪い癖がつきにくくなり、応用ができるようになります。
まずは、机の上で、美しく無理のないフォームを確認してから演奏に入りましょう。
●「ド」を心から感じて、様々なハーモニーの中で演奏しよう!
さぁ、「ド」を演奏するにあたり、ピアノランドメソッドならではの工夫をご覧ください。
ピアノは「その鍵盤を押さえるだけでその高さの音が得られる」ために、自分でピッチを作るという苦労がありません。そのために、音程感覚が甘く、“その音の高さを求める気持ち、一音に込める気持ち”が不足しがちだと常々思っています。
しかも、一度に沢山の音を演奏できるので、余計に一音への思い、集中力が薄くなります。そこで、音数が増える前に、徹底的に一音のタッチ、音色、表情、音の立ち上がり、音の切り方等に心を配る習慣を身につけさせたいと考えました。
急いで音数のある曲に進ませてしまうと、弾くことに必死で細部に気を配る余裕がなく、音楽としてのクオリティが低くても弾いたことに満足してしまうケースが出てきます。
教える人は、習い始めに子どもの脳内に設定される「当たり前の状態」が少しでも高いレベルなるように、努力しましょう!
初めの設定が緻密で美しければずっとそれが基準となり、雑ならばずっと雑なままとなります。
『ピアノランド』『プレ・ピアノランド』では「ド」一音を演奏する段階で、じっくりと、多くのことを吸収できるように考えました。
〈音楽の中で「ド」を感じ方を追求する『ピアノランド』の方法論〉
♪どどどど どーなつ
4分音符1つに対して、1つずつ対応している伴奏は、テンポ、リズムを安定させます。たった8小節ですが、8小節は音楽が音楽として成立するための最小と言える単位ですから、それを極限までシェイプしてカッコいい、ワクワクする和声をつけました。経過的なディミニッシュで音の上り下りにスパイスを、Ⅳ の前に借用和音(Fmajor の属七C7)を置きドラマチックに Ⅳ →Ⅳm から属七の分数コードへいく流れで、徹底的に「ド」を楽しみます。
♪さらさらおがわ
2分音符の「ド」を正確に、豊かに感じさせるために、伴奏は流れるような8分音符のラインで。子どもは、頭や手首を振って2拍を数える必要がなく、音楽的に音の長さを感じることを覚えます。また、伴奏パートがプリモよりも高い位置にくることで、「伴奏はいつも下で和音かアルペジオ」とは限らないことも教えたいと思いました。せっかくオーケストラの音域を持っているピアノですから、それを最大限に生かしたオーケストレーションをイメージして作曲しています。伴奏パートは、音が濁らないようにペダルを入れて、美しい背景を作っていただければ幸いです。
〈「ド」の背景の和声やスタイルの変化に反応させる『プレ・ピアノランド』の方法論〉
「どどどど どーなつ」の前にも“二段階導入法”です。
『プレ・ピアノランド』3巻の下記の3曲で、「どどどど どーなつ」に出てくる全ての音型(4つずつ右手と左手を入れ替える→2つずつ→1つずつ)を、様々なハーモニーの中で経験します。
子ども達は、 先生の伴奏に合わせることで一定のテンポの中で音楽が進行していくこと、自分は一音しか演奏していなくても、移り変わる和声に耳を傾けながら演奏することを覚えます。
3曲のハーモニーの特徴です。『プレ・ピアノランド』3巻 レッスン3 1のゆびで ひこう! p.16
♪ドのこうしん Cmajor の世界で、穏やかな和声の移り変わりを味わう
♪なかよし C Gm C F/G C という進行で、Ⅴm の雰囲気に出逢う
♪かわりばんこ C と B♭ を行ったり来たりのラインで変化音を含み、しかも途中からアウフタクト
これらの経験をしたら、「どどどど どーなつ」は、はじめからバッチリ演奏できるという訳です!
●「どどどど どーなつ」を弾こう!
いよいよ『ピアノランド』1巻の「どどどど どーなつ」です!
レッスンでは、プリモ(子どものメロディパート)とセコンド(伴奏)のタイミングを合わせ、お互いの音を感じ合ってハーモニーを作っていきます。弾けたところで終わりではなく、丁寧に「しっとりどーなつ」、明るい音色で「カラッとどーなつ」など、音にニュアンスを与えるヒントを与えたり、いかに「ド」を表現していくかという面白さを経験させてください。
●元気なド、やさしいド、「ド」をいかに感じて弾くか
ピアノを弾き始めたばかりの子ども達は、f や p を教えてしまうと、f は汚く乱暴に、p は芯のない音になってしまうことがあるので、私は「強く弾く」「弱く弾く」ということをこの段階では要求しないことにしています。(特に、楽語としての f を「強く」というのは強過ぎると思います。音量ですから「大きく」「小さく」の方がより適当ではないかと感じます)
その代わり、嬉しい、楽しい、眠たい、淋しい、悲しい等、人はいろんな気持ちや状態になることを思い出させて、それを音色、音質に反映させるようにしています。
強弱をハッキリと求めるのは、もう少し手が育ってからで充分です。
『プレ・ピアノランド』3巻p18で、上記のイラストの女の子の気持ちを想像しながら、元気な「ド」を、やさしい気持ちの「ド」を弾いて連弾するのです。
♪げんきなド やさしいド
を連弾して、音色を弾きわけることができたら、「さらさらおがわ」を先生と連弾してみましょう。
この曲は、「どどどど どーなつ」と比べて、どんな音色で弾きたいかを子どもに尋ねてみると、多くが「やさしく弾きたい」「しずかに」「小川がさらさら流れるように」等と答えて、伴奏に聴き入りながらやさしい音で弾いてくれます。
『ピアノランド』1巻「さらさらおがわ」をご覧ください。
今回は、「ド」だけでいかに音楽を創っていくかという、壮大な計画の一端をご覧いただきました。
譜例の全ては載せることができませんが、ぜひ、みなさんも実際に弾いてみて、「ド」から広がっていく美しい世界を体験してみてください。
次回は、黒鍵で弾く、発表会用の曲を用意いたします。お楽しみに♪
P.S. コードに関する詳しい説明をご覧になりたい方は、『耳を開く 聴きとり術 コード編』を参考にしてください。
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