4/18&20 舘野泉演奏予定「全て存命中の作曲家 」の プログラムノート
「舘野泉さんをお招きした演奏会では、どのような曲が聴けるのですか?」
と質問をいただきました。4/13にテレビの「おんがく交差点」に出演されたばかりで、興味を持たれた方も多いのでしょう。そうですね! 4月18日汐留ベヒシュタイン・サロンと4月20日神戸 中華会館東亜ホールの演奏会のプログラムノートのようなものを日記に書いてみるのはいい考えかもしれないと思いました。おいでになれない方も、お読みいただけたら幸いです。
あ、その前に、番組では、「演奏会の曲目が多すぎて、あとは自宅でやりますのでどうぞおいでください」と、約300人を自宅に無料で招き1日に3回演奏会をされたという逸話を、小朝さんがとても気に入って繰り返しておられました。それは先生の若き日の有名なエピソードの一つですが、その後も、日々「伝説」を作りつづけていらっしゃることが凄いですよね。65歳で脳溢血で右半身付随になられた2年後に左手のピアニストとして活動をスタートされたこともあまりにも有名ですが、82歳の現在、新しい曲をどんどんレパートリーとして取り入れ、しかも、そのほとんどがご自身のために書かれた楽曲であるというのも凄いエピソードではないでしょうか?
一人の演奏家の為に、100曲以上もの曲が世界中から捧げられ、しかも、それを初演しつづけていらっしゃるということはどれほど稀なことか、大変なことか、一般の方にはわかりにくいことなのかもしれません。演奏家にとっても作曲家にとっても、初演というのは本当に特別なことです。それまでにこの世に存在しなかった曲、誰も聞いたことがない曲を発表するのです。初演したときの演奏によって、曲の運命は大きく変わるとも言われています。
そして、作曲家と演奏家がともに生きていて、同じ場所で初演を聴くというのも、一つの曲にとって1回有るか無いか……。作曲家が初演を聴けない場合もあります。
先日、春畑セロリさん、轟千尋さんと「作曲家談話室」というイベントを開催したときのアンケートに、「存命中の作曲家3人の……」とあって、「存命中」に大ウケでした。確かに、鬼籍に入った作曲家の方が遥かに多いですよね(汗)。そこで、この日記のタイトルも、「全て存命中の作曲家 の プログラムノート」としました!
前置きが長くなりました。
想い出の小箱 『こころの小箱』より
樹原涼子作曲
少ない音数で美しく響かせること。これが、私のポリシーでもあります。無駄な音を削ぎ落として、本当に必要な音だけを配置したとき、作品にブレがなくなるように思います。言葉を多く飾らなくても、本質がしっかりとあれば、おのずと存在自体が発する光のようなものがあるのでは、と思うのです。
子育てを終え、いよいよピアノ曲集を書こう!と張り切った矢先に起こった東日本大震災。1曲を書く度に様々な想いが胸をよぎりました。心の奥底から音を汲み上げるように、一音一音を紡いだ小品集『こころの小箱』の最終曲が、この「想い出の小箱」です。左手だけでも、こんなに豊かに表現できるのか……と、作曲しながら自分でも驚いたことを思い出します。
舘野先生に捧げた作品ではありませんが、舘野先生のドキュメンタリーを拝見してからいつかは、と思っていたことを実現した、私の初の左手作品でもあります。たった1ページの小品ですが、この曲をご覧いただいたときに先生からいただいたメールは忘れられません。「あなたのような若い人が左手の作品を書くことはとても大切なこと」と書かれていて、そして「まだ、左手の作品に対する偏見がある」と世の中にまだ完全には受け入れられていないことを示唆されていたように感じました。『こころの小箱』出版時の8年前のことですから、左手のコンクールがあちこちで開催される今は、少し時代が変化してきたように感じます。
装丁 本間ちひろ
ふたり 『やさしいまなざし』より
樹原涼子作曲
私がピアノ曲集『やさしいまなざし』を出版した2013年8月は、父も、NHK大河ドラマ「いだてん」の基となった『走れ二十五万キロ 金栗四三伝』復刻版初版を出版、その前後の大変さは思い出しても気が遠くなりそうでもあり、限りなく懐かしく美しくもあり……。
ちょうどこの頃、父は母の看病をしながら壮絶な執筆生活をしていました。曲集冒頭の「ふたり」は左手の曲で、年老いた父母が、少し不自由ではあるけれどまだ、自宅で一緒に暮らしていた頃の、やさしい穏やかな時間を曲にしました。それは、父の類い稀なるやさしさや忍耐力によるものでしたが、あの1日1日の大切さを忘れることができません。私は月に1、2度、東京から帰省して介護と執筆の手伝いをしながら、熊本での勉強会を続けて来ました。故郷で定期的に仕事をすることが、私のできる唯一の親孝行でもありました。
父母と月の1/4の時間を共にして思いました。若い頃のようにいろんなことが運ばなくなってしまうのは寂しいけれど、でもそれは、不幸なことではない、と。どんな小さなことの中にも喜びを見出したり、上手に諦めたり、諦めきれなかったりしながらも、毎日ゆっくりと、そして必死に生きる姿は、子育ての最終章として、それを私に「見せる」ことで完結するかのような尊さを感じさせました。
「想い出の小箱」と「ふたり」が、舘野泉監修 左手のためのピアノ小品集『母に捧げる子守唄』の中に収められ、レコーディングもされたと聴いたときは、本当に嬉しかった! CDを聴くたびに、実家のリビングで談笑していた両親の姿が目に浮かびます。
この曲は、下行する三和音で始まり、メロディラインが上行下行を繰り返し、立ち止まったり朗々と歌ったり穏やかになったりと、左手だけで思いを綴ります。舘野先生の演奏でみなさんにお聴きいただけるのは大きな喜びです。
装丁 本間ちひろ
上記の2曲は、ご紹介した通り、舘野泉 左手のピアノ・シリーズ 左手のためのピアノ小品集『母に捧げる子守唄』
にも収められていて、楽譜の立ち読みもできます(音楽之友社刊)。
この曲集のCDを聴くと、素晴らしい作品ばかりで、本当に光栄に思います。
オルフェウスの涙 第3曲「アリア(フランシスコ・タレガ礼賛)」
光永浩一郎 作曲 舘野泉 左手のためのピアノ・シリーズ
熊本の作曲家光永浩一郎さんは、舘野先生のために沢山の曲を書かれています。これは舘野先生からの委嘱作品で、ワインを軽く回すと内側に流れ落ちるしずくを「ワインの涙」ということや、オルフェウスの竪琴の調べに草木や動物さえも涙を流したという神話からタイトルが発想されているとのこと。氏が敬愛するモンポウ、ドビュッシー、タレガへのオマージュとして3曲が書かれ、今回はその第3曲「アリア」を演奏されます。偶然にも、4月18日にこのピアノ曲集が刷り上がるとのことで、会場で出来立ての楽譜をご覧いただくことができます。ヤマハホールでの演奏会で3曲を聴きましたが、どれもとても美しく、心に残る作品です!
母の胸に 連弾組曲集『時の旅』「美しい時間」より
樹原涼子 作曲
2018年夏に出版した連弾組曲集『時の旅』。子供のための組曲「小さな時間旅行」と、大人のための組曲「美しい時間」の2曲を収めましたが、どちらも「時間」がテーマであることから、『時の旅』と名付けました。
今回、舘野先生と連弾で演奏させていただくのは「美しい時間」の最終曲、左手と左手の連弾「母の胸に」です。
2017年秋に母を病院に見舞ったときのこと、私が寂しそうだったからでしょうか、いつもよりもしっかりと私の目を見つめて微笑んでくれたことが嬉しくて、東京に戻ってすぐに書いたのが「母の胸に」。もう、ほとんど言葉を発することはできない母ですが、コミュニケーションは言葉だけではないとあたたかな気持ちでいっぱいになりました。連弾というアンサンブルもまた、言葉以上のことができるのですが、この曲を左手と左手の連弾にしたのは、あのときの素朴な嬉しさを、技巧ではなく、あたたかな音色で表現したかったからです。相手からの音を受け取り受け渡すイントロ、メロディを聴きあい、響き合う喜びを分かち合う……そんな演奏になればと思います。
写真 遠藤湖舟「ゆらぎ」より
三つの俳句 松尾芭蕉
パブロ・エスカンデ 作曲 (アルゼンチン)
1. 面影や 姥ひとり泣く 月のとも
2. 馬ぼくぼく 我を絵にみる 夏野かな
3. 古池や 蛙とびこむ 水の音
この俳句から、エスカンデさんはどんな音楽をイメージされたのでしょう? とても興味深いです。この曲に関しては資料を持っていないので、お客様と一緒に、楽しみにしようと思います!
雫~しずく~
風の彩
月足さおり 作曲
偶然にも熊本勢が揃いましたが、ピアニストの月足さおりさん※が作曲された作品を2曲、選んでくださっています。「雫〜しずく〜」は低音から高音へ駆け上り駆け下りるアルペジオで紡がれた美しい曲です。心も体もふっとやわらかく脱力できるようなその調べを舘野先生はとても気に入っていらして、毎朝演奏されるそうです。一昨年11月の《樹原涼子》を弾きたいシリーズ トーク&コンサートのときにも、アンコールで演奏されたのですが、今度は本編で聴いていただきます。
そして、「風の彩」(かぜのいろ)。月足さんに伺ったところ、「さくらいろのりゅう」という絵本に出てくる龍にインスピレーションを得た作品で、演奏を聴いたお母様がタイトルをつけられたそうです。“心やさしい龍”を思い浮かべながら聴いてみたいと思います。
相響く
樹原涼子 作曲 『やさしいまなざし』より
左手のソロ曲として書きました。北海道の美唄に旅をしたときに見た彫刻家安田侃(やすだかん)さんの作品に感動して書いた作品です。『やさしいまなざし』の1つ前に発表した『夢の中の夢』に「響く」という作品があるのですが、なぜかその作品に呼応するように、不思議なインスピレーションが湧き上がり、ずっとこのオスティナート(繰り返す音型)が私の中に流れ始めました。左手一本で、オスティナートの上に、下に、上下に絡み合うメロディ。さらに、タイミングをずらしながら繰り返していくどこまでも続くような時間。それは、左手だけで演奏する中に、幾重にも相響く世界があることを私に教えてくれました。
舘野先生が演奏されるとき、アクセントの一つ一つに説得力があり、自分で書いた曲ですが新たに出逢ったような気がしました。今回の再演も楽しみです!
舘野泉先生に捧ぐ 季節の三部作 【初演】
樹原涼子 作曲
萌えいづるとき
濡れた紫陽花
椿 散る
「とにかく、締めは三部作でいきましょう」
全国を飛び回るお忙しい舘野先生。お忙しい中、出来立てのほやほやの曲を演奏していただけることが決まり、ホッとしたのは言うまでもありません。
タイトルを先にいただいてから曲を書く、というのは珍しい経験でした。三部作のタイトルはそれだけでもう素敵な響きが聞こえてきそうです。ここに先生が託されたのはどんな景色なのだろう……と、想像しながら、キャンパスに絵の具を置いていくように曲を書き始めました。
季節を春夏秋冬という四季のパターンに分けるのではなく、タイトルにあるような、“自然の移り変わりゆく様が目に見えるような音”を書きたいと思いました。
紫陽花が雨に濡れてしっとりと光る6月
といった自然のうつりかわり
1、2曲めはわりとすんなりと音楽が立ち上りましたが、「椿 散る」には苦労しました。いただいたメールを何度も読み直したり、椿の花を探してドライブしたり。作曲の喜びと苦しみはいつもどちらか一方ということはなく、コインの表と裏のようです。
自筆譜が浄書されていくときに感じるワクワク感はこれまでになく大きく、この三部作の楽譜から、先生はどんな景色をご覧になるのか、期待が膨らみます。
作曲でイメージしたのは赤い椿ですが、ほどよく撮影できたのは白。
木に咲く花は、不思議な生命力を持っていますね。
今回、舘野泉先生をゲストにお迎えする《樹原涼子》を弾きたいシリーズ トーク&コンサート。
おいでになれない方も、『音楽の友』に取材記事が掲載される予定なのでお楽しみに!
そしてピアノランドメイトでもご報告いたします。
2019年 4月 18日(木)12:00《樹原涼子》を弾きたいシリーズ トーク&コンサートin汐留 ゲスト 館野泉
2019年 4月 20日(土)16:00《樹原涼子》を弾きたいシリーズ トーク&コンサートin神戸 ゲスト 館野泉
入場料(全席自由)
一般:¥5,000 ピアノランドメイト会員:¥4,500
●チケット お問い合わせ・お申し込み
樹原涼子スタジオ
TEL 03-5742-7542
e-mail:info1@pianoland.co.jp
こちらは、一昨年舘野先生をお招きしたカワイ表参道での《樹原涼子》を弾きたいシリーズ トーク&コンサートの感想です。
※月足さんご自身も左手のピアニストとしてご活躍で、5月4日石川県立音楽堂でオーケストラ・アンサンブル金沢と共演、エスカンデの「アンティポダス」を演奏されます。お近くの方はぜひ、お聴きくださいね。舘野先生はその日、ノルドグレン作曲ピアノコンチェルト、小泉八雲の怪談「死体にまたがった男」を演奏されます。
6月2日には熊本でオハイエ音楽祭10周年記念コンサートにも舘野先生と月足さんが出演されます。